AMORPHOUS, Poeplantswords
あたかも聾唖者のごとく言葉の王国に入る」。これはブラジルの詩人・カルロス・ドゥルモン・デ・アンドラーデ(1902~1987)の言葉だ。 私のイマジ ネーションはこの言葉とともに浮かび上がり、ある感覚を求めて、思いもよらなかった道を歩きはじめる。その感覚は、あるときは墨の黒さとコメの白さのコン トラストにあり、あるときはピンクの桜が結ぶ赤い果実の甘み、その花のしなやかさに発見される。黄金の持つ奢侈に恥らいながらも、その高貴さと不可触性 は、私にとって仏教のシンボルであり、東洋の美的観念である。
私の言葉はこの詩人とともに歩む。そして、その形と色を明治時代の庭園に発見する。幾千の言葉が群がるなか、有機的で植物性のそれが形をなし、時に無定形 なまま、広がり、変貌していく。こうなると、それらは彼の詩人にもはや属してはいない。ハイブリッドされた言葉は私のものだ。そして私とともに、理解する 遊び、言葉のゲームに興ずるスペクテイターのものとなるのだ。彼らは色づけられた言葉のゲームを遊ぶ。「テキストとは最初の角を曲がって見えなくなったも のを指す。それが構成の法則であり、ゲームの原則でもある」(ジャック・デリダ「プラトンの調剤術」より*


上西エリカ
10月2006


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翻訳者Tamio Okada