Garden
Funarte Contemporary Art Award 2010

エリカの園

日本で最も重要であったと言える造園技師兼庭師の禅僧の夢窓疎石(1275~1351年)が庭園を設計し、手掛けたときに目指したのは、完成した不変のものではなく、時とともに様々な要素が姿を変えていくものであった。植えた木の葉の色の変化、あるいは岩の上に生える苔さえも疎石の設計の一部をなしたのである。そもそも夢窓疎石の名前がすべてを語っている。夢の窓とは、すなわち幻想を眺めること。夢窓疎石の庭園を今日、コンテンポラリーアートの視点にたって鑑みるならば「ワーク・イン・プログレス」と呼べるであろう。夢窓漱石の自らの作品に対する作家性のはく奪と諦観には、疎石が学んだ儒教的観念の影響もあるだろう。

アーティスト上西エリカが、グラスファイバーと人工芝の苔によるその庭園「枯山水」で表現することはこのようなことである。このインスタレーションによって上西エリカは、2010年度ブラジル国立芸術基金の現代芸術賞を受賞した。それは、宇宙の縮図、あるいはものごとの本質を模索しようとする欲望からくるユートピアの再認識でもある。

上西にとっては、それは文化の交差点でアイデンティティを強く追求する姿勢である。日本、ブラジル、そして全世界。庭園インスタレーションの曲がりくねった路地を通過して、上西の焦燥感は不動で不変の物体である石に当たり跳ね返る。その石がいかにもそうした上西の焦燥感を受け止め、それらに対して回答を潜めているかのように。そこで上西は参加を求める。

展覧会に訪れる人々が用意された水性ペンを手に取りコメントや苦悩、疑問あるいは確信を書き込めば、私たちは夢窓疎石のように苔が成長し、秋に葉が色づくのを目にするだろう。それが何であるかはあまり重要ではない。大切なのは人々に参加する機会を与えることであり、上西が「他者」と呼ぶところの鑑賞者が参加することによって作品が息づくのを見ることである。

アナーキストでありマルチアーティストであったエリオ・オイチシカは同様のテーマに没頭したアーティストの一人であった。フランス人哲学者メルロー=ポンティの現象学の影響を公言しつつ、フェレイラ・グラール、あるいはアーティストであったリジア・クラークからも影響を受けて、オイチシカは、ミニマリストの取り組みのごとく、本人が定義づけるところの「純粋な発明」の状態、あるいは物事の本質に至るまで、意味構造を意図的に排除する試みを模索した。そこから「ペネトラーヴェイス」、「ボリデス」、「パランゴレー」といった作品が生まれた。

分類分けされたアートは、オイチシカによって提唱された「環境アート」へと変わった。その環境アートを今日再考すれば、「身体」とアートや環境スペースとの関係を問う設定に最も近いと見なすことができる。オイチシカにとっては、新しい「モノの神話」を築くために分類分けされたアートの境界を取り除くことであり、環境の世界の中の分類化されたモノを創作することであった。このようにして新しく創造されたモノは存在するようになり、以前からあった古いモノは、この新しいモノによって、関連する新しい基準とならなくてはならない。
アーティストには、既に下書きをしたパブリック・アートの創造の役割を担う責任があり、すなわちそれはヴィジョンと概念を意味の最も本質的な構造に変えることで、それによって、環境世界や都市といった別のさらに上回る構造を支配できるようにするのである。
それは基本的に集団の関心を扱うことで、多くの人々もまた創作過程に携わることを招くのである。個を通じて集団の論議を概念化しなくてはならないということに起こりうる矛盾を感じないということは明らかに不可能であるが、しかし、特に大都市においては、神話や身体などに由来する共同体のドグマが高まる傾向があるのが事実である。 

そしてまた、このような範囲の広がりを確立しようとするアートの試みは、一般的にも承知されている通り、目新しいことではない。確かに第二次世界大戦後に始まったひとつの変革で、さらに詳しく言えば、現代音楽におけるジョン・ケージやワイドな芸術概念に基づく「社会彫刻」を提唱したヨーセフ・ボイスを生みだした1950年代、60年代に見られた。 

しかしブラジルにおいては、明らかにオイチシカによって新しいゲームが始められた。それは創作の過程と鑑賞者との相互作用を巻き込んだ遊び心に溢れたゲームである。両者を隔てる空間に広がった皮膜を通過することを余儀なくされ、一度通ればもはや両者が分けられることはない。オイチシカの分類からの脱皮は、素材や表現手法においてのみならず、具体的抽象芸術を経たそのスタイルにまで及んだもので、それはモダニズムの典型的価値観を無視するアナーキーな姿勢と、自らの創造の渦が作り出した環境を想像し支配することまでをも知る構築的な頭脳によって勝ち取ったのだ。このゲームは、マックス・ビルの具体主義やテオ・ファン・ドースブルフによる具体芸術、モンドリアンとマレーヴィチの論理構造といったポスト・バウハウスの新しい分野に由来したもので、オイチシカはこれによって、支配的なモダニズムの障壁を乗り越えた。

まさしくジョン・ケージのハプニングやヨーセフ・ボイスの介入のように、オイチシカは自らの公理を打ち立て、鑑賞者の身体の存在と相互作用によって成り立つアートという世界において全く新しい芸術言語とまで言えるものを明示するに至った。特にパランゴレーは、環境芸術の構造すべてを統合したものであり、仮にメルロー=ポンティの目に触れることがあったなら、おそらくこれを称賛したであろう。パランゴレーの作品の操作性は、クリエーターと鑑賞者が対等になることによって成り立つのだが、それはアートと身体の間の情報伝達の新しいあり方を作り出す構造的メカニズムであり、ヨーセフ・ボイスの教義にとても近いものである。この新しい相関的概念の確立は、確かに一つのゲーム、一つの試合であるが、そのゲームにはルールが存在しないためスポーツよりも開放的だ。唯一求められるのは「関わりを持つ」という事実なのである。アーティストは自らの作品を開放し、説明をなくし、鑑賞者は独自の解釈によって作品と関わりあい、アーティストと一緒に遊び心に溢れた詩的なストーリーを描くのである。     

夢窓疎石が、時の経過によるメタモルフォーゼに自らの庭園を形作らせたように、上西は鑑賞者あるいは他者をこのゲームに招いた。ボイスの教義から曲がりくねった日本庭園の通路を経て、私たちは、人と芸術、あるいは芸術と都市の新しい関係を提唱するパブリック・アートに向き合うのである。

高橋ジョー
サンパウロ、2011年07月12日

Garden, by Erica Kaminishi

Funarte São Paulo (National Foundation of Arts) – Flávio de Carvalho Gallery
From 28th of May to 14th of August 2011.
Exhibition Opening: 28th at 10h
Open from Monday to Sunday, from 14h to 22h
Free Entrance
Address: Alameda Nothmann, 1058 – Campos Eliseos – São Paulo (SP)
Information: (11) 3662 5177
Realization Prêmio Funarte de Arte Contemporânea (Funarte Contemporary Art Prize)
Photo: Credits Nio Tatewaki